開かれた聖書の静物画

開かれた聖書の静物画

今回の記事では、あの油絵の巨匠とも呼ばれているゴッホが、晩年期を過ごすフランス国内へ移住をする前に居た、母国オランダの北部にあるニューネンで、1885年の10月に描いた油絵の作品「開かれた聖書の静物画」に関しての、内容概要について触れています。

この絵画作品を描いたこの時期に、彼自身は色彩と素描とを体系化して、その上で一気に描き上げるといった、油絵の描法でのフォームを着実に身に着けたような形でしたが、この作品にもやはり、他の作品の絵画と同じく、黄色をベースにした油絵のゴッホらしさが出ているような感があります。
被写体である聖書の本の見事な描写具合を持ち前であるベース色である黄色で体現し、かつ、この作品で初めて黒をはじめとする暗色を同時に用いて薄暗い部屋の中の雰囲気をよく醸し出している仕様になっていますので、そうした面でも絵画ファンや観覧者、多くの画家の人々を魅了しているところがある作品でもあります。

現在ではゴッホ美術館の方で管理をされているような形ですが、観覧シーズン期に館内展示をされたり、あるいは海外展示などもされたりするような事もあります。
保存状態なども中々良好ですが、この作品をはじめとして油絵の場合にはやはり、水彩画やチョーク画などよりもやはり、具類自体が油性といったせいもあって、中々耐久性の高さなどもあり、全体的に保存面に優れたところがある傾向が、確かにあります。

そうした面でも同作品は評価をされたりしているところもあり、これからも注目をされ続けていく可能性は、大いに考えられます。

日本画の描写作成

あの、油絵の世界的巨匠の画家としても偉大なゴッホ(1853年から1890年)先生ですが、特に我が国日本では、あの葛飾北斎さんや喜多川歌麿さんその他、幾人かの江戸期や明治初期の日本画家の作品を真似て、作品の描写に着手をしていた事でも大変有名な話があります。
こうしたゴッホさん本人による、油絵などを利用した日本画の描写作成といった挑戦は、当時の明治後期の時代において、世界中で大変話題になったような感じでした。

これまでには無い、浮世絵を油絵で描写をしていくといった画期的な、ゴッホさん自身の大きな歴史的意義のある生まれて初めての異国の作品の模写という試みでしたので、あの日本の溪斎英泉さんの花魁画を模写した最初の作品は、絵画界に多大なる衝撃を与えたような様子だった事は、ほぼ、間違いが無かったようです。
あの、作家の森鴎外さんに当時の「すばる」誌において白樺派の武者小路実篤さんら有志のみなさんがゴッホさん本人を紹介して、その誌面上に掲載をさせたりする等、日本国内でもその反響は絵画業界内に限らず、社会的にも大変規模が大きな影響があった事は確かな面がありました。

そのようなゴッホさんによる油絵という、基本的な技術ベースでの描写においての、日本画の作成という発想自体が、当時あるいはその以前の世界中において無いものだった分、本当に常識破りといった面が確かにありましたので、そうした面で一気に、彼本人の存在感が大きくなり、37歳の若さで亡くなった後の現在でも、そうしたところが高く評価をされ続けています。

浮世絵からインスパイア

ゴッホの作品の中には、浮世絵からインスパイアを受けた「ひまわり」や「夜のカフェテラス」のような美しい作品だけではなく、「耳を切った自画像(頭に包帯をした自画像)」のような波乱万丈な彼の生涯と狂気を題材とした作品も多く存在します。

特に、ゴッホの狂気をリアルタイムで額縁に収めたと言える「耳を切った自画像」ですが、不思議な事に冷静さと穏やかさを感じます。彼の表情は決して苦しみを体現しておらず、痛々しいはずの包帯には血液が描かれていません。背景には彼がインスパイアを受けたとされる浮世絵が飾っており、作品に鮮やかな色彩すら感じる事ができます。本当に、狂気沙汰の後に描かれた作品なのだろうかと疑ってしまいます。思わずその穏やかさに惹きこまれてしまいますが、じっくり見つめる事で、この絵に込められた狂気に気づきます。時が止まったような冷たさ、彼の目の奥から発せられる光は儚さを感じさせます。異常なまでに冷静で、且つ客観的に自分を観察しているのです。

こういった異様な状況下で描かれた作品は普通、禍々しさを放ち観るものに何かを訴えかけてくるのですが、この作品には禍々しい主張は感じません。寧ろ、この作品は非常にフラットです。だからこそ人は覗き込み、絵画の中へと引き込まれてしまいます。そして徐々にこの作品の内側に込められた「異様さ」や「狂気」に気がつき、その瞬間、自分の世界に戻ってきます。

また、彼の作品は狂気染みた逸話のない作品であっても、何となく覗き込み、そのまま絵画の世界に引きずりこまれてしまうような作品が多いように感じます。例えば「夜のカフェテラス」などは、人の日常に寄り添っているが故、いつの間にか見入ってしまい、独特な色彩に包まれたあと突然現実へと引き戻されてしまいます。

もしかしたら、ゴッホの数々の作品は、狂気染みた作品もそうでない作品も、敢えて人々が巻き込まれ易いに描かれているのかもしれません。そして、人々がつい忘れがちな当たり前の「現実」や何気ない「日常」を思い出させてくれるのではないでしょうか。それは、多すぎる情報に踊らされた現代人にとっては、癒しなのかもしれません。

ゴッホはひまわり

ゴッホと言えば、花瓶に生けられたひまわりの作品を思い浮かべる方が多いと思います。
ゴッホはひまわりをモチーフにした作品を何点も描いています。

実は、このひまわりには初期の作品と後期の作品2種類あります。
初期の作品はパリで弟のテオと一緒に住んでいたころの作品です。
この初期のひまわりのシリーズは4点ありますが、土の上にひまわりがそのまま置かれたものを描いています。このころのひまわりの作品は、何となくさみしげな印象を持つ方が多いかと思います。

その後、ゴッホは南仏のアルルで花瓶に生けられたひまわりの絵を7点描きます。
これらが、誰もがまず思い浮かべるひまわりで、後期のシリーズです。
これらの作品は、一緒に住むことになっていた同じく画家のゴーギャンの部屋をひまわりの絵で飾るために制作したそうです。

これらの作品は、初期のひまわりシリーズとは違い、生命力に満ち溢れた明るい雰囲気を感じる作品です。
ゴッホはあたたかく開放的な雰囲気の南仏アルルで、ゴーギャンと一緒に暮らしていくことに希望、期待を持ち、本当に楽しみにしていたんだろうと、この作品から感じ取ることができます。

ゴッホの作品は、どの作品でも絵の具を厚く塗布し、しっかりと筆のタッチを感じることができます。
そのタッチを見ているだけでも、ゴッホの感情を感じることができるような気がしてきます。

ゴッホがアルルで描いた7点のひまわりは、ゴッホがゴーギャンを心から敬愛し、歓迎している気持ちが伝わって来るようです。

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